
三月三日、桃の節句です。押し入れからお雛様を出し、飾り付けをして、また片付ける。「今年もやらなきゃ」と思いながら、ついつい後回しにしてしまう方も多いのではないでしょうか。
古来より、桃は特別な植物として大切にされてきました。仏教においても、また中国から伝わった思想においても、桃の花は邪気を払い、命を守る力を持つとされています。お雛様に桃の花を供えるのは、単なる飾りではなく、子どもたちの健やかな成長と無病息災への祈りを込めた、深い意味を持つ行為です。
しかし、そうした意味合いを知っていても、「出すのも片付けるのも面倒くさい」というのが本音ではないでしょうか。その気持ち、よくわかります。
しかしあえて申し上げると、その「面倒くさい」こそが大切なのです。
禅の修行にも難しく面倒くさい作法が数えきれないほどあります。礼拝の作法、食事の作法、掃除の作法。いずれも「なくてもよいのでは」と思うことすらある、そんな作法です。しかし手間をかけることで、私たちは「今、自分はこれを大切にしている」という意識を育てることができます。手を動かし、身体を使って行うことで、心が整っていくのです。
お雛様を出す手間、桃の花を活ける手間、そして片付ける手間。それらはすべて、子どもたちや大切な人への思いを形にする行為です。面倒くさいと感じながらも、それでも手を動かすとき、そこに本当の意味での「祈り」が生まれるのではないでしょうか。
一年に一度、季節の節目に「面倒くさいこと」をする。その積み重ねが、日々の暮らしに深みをもたらし、私たちの心を豊かにしてくれるのだと思います。
桃の花の香りとともに、どうぞ穏やかな節句をお過ごしください。 合掌


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